花火の日の出来事

プログラムのからくりそのものに気づき、
それを理解すると、不思議な変化が起こりはじめます。

先日、わたしはこんな体験をしました。

夏の花火大会に出かけた日のこと。

わたしは夕方、早い時間から見物スポットを見つけ、
そこで本を読んでいました。

その間、次々とたくさんの人たちが、
場所取りで集まってきました。

そんな中、ひとりの年配のおじさんがやってきました。

おじさんはわたしの隣に座り、タバコを吸い始めたのですが、
吸い終わると、吸殻を地面に捨てたのです。

わたしはいつも、ゴミや吸殻をその辺にポイ捨てする姿をみると、
内心、不快な思いが浮かんできて、腹が立ったりしていました。

この日も正直「ポイ捨てするなーー!」、

「携帯灰皿くらい持って歩けー!でなかったら吸うなー!」
という思いが浮かび、イラっとしていました。

そしていつものパターンなら、
なにも言わず、ただ腹だけ立てて、
忘れるまでのしばらくの間、イライラし続けるところでした。

ところが、不思議な(?)ことが起こったのです。

わたしは、わたしの手が
自分の鞄に向かって動き出していることに気づきました。

わたしの身体がなにかをしようとしている、
それを黙ってみている。

そんな感じでした。

わたしはコンビニの空き袋を取り出すと、
となりのおじさんにこう言ったのです。

「吸殻、この袋に.....」

するとおじさんはこう言いました。

「え?いいんですか?すいません、ありがとうございます。」

わたしはこの瞬間、内心おじさんを悪者にし、
こころの中で責めていたことを恥じる気持ちが湧いてきました。

それは、おじさんを悪者にしていた自分を恥じることと、
実は悪者を作っていたのは自分だと気づいたこと、
そんな自分がかっこ悪かったことに気づいたこと、

同時に、

今までと違う行動をしている自分に驚くことと、

怒りを引きずり続ける必要がなくなったこと、

そして自分が今までと全く違う行動を選択したことへの
自己承認が入り混じった、複雑で奇妙な感覚でした。

そしておじさんはいつの間にか、その場から離れていきました。

それからわたしは、なづなちゃんに
「変わっていることに気づいた」と、このことを話しました。

するとなづなちゃんは「それはすごい!」

「捨てないでくださいって、言ったのかなとは思ったけど、
 それはすごい」と言いました。

そしてわたしは、自らの考え方の習慣というプログラムが
変わっていたことを、はっきりと認めたのです。

わたしが20代の頃お世話になった最初の師匠は、
「成果を生み出しなさい」といつも言っていました。

わたしは、わたしの変化を成果として言葉にし、自ら承認したのです。

この瞬間わたしは、新しいわたしであることを受け入れていました。

と同時に、先の複雑で奇妙な感覚は消え、
「変わったんだ」「以前の自分ではなくなったんだ」という自覚が残りました。

わたしはなにをして、このような変化が起こったのでしょう?

それは「変えよう」としたのではなく、
からくりを「理解」し、観察していただけでした。

それが行動を変え、結果を変えたのです。

そしてそれを承認した瞬間、
わたしは新しい現実が生み出される、
新しいわたしに生まれ変わったことを理解したのです。

と同時に未来を変えたことも理解されたのです。

それは深い深い満足のあるものでした。















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