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      マスターのシークレット・メッセージ

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   ~こころの物質と反物質~



わたしたちに、なにか「考え」が浮かぶとき、
なにかをしようとするとき、
実はその考えと真反対の考えが同時に生じる。



たとえば、なにか新しいことをはじめようと思ったとする。



「そうだ、今日から朝ジョギングをはじめよう」。

すると同時に「いや、しんどそうだな、明日からにしようか」

そんな思いが浮かんできたりする。



これまでわたしたちは、こんな思いが浮かんでくることを、
意志が弱いとか、怠け癖なんて呼び名をつけてきた。



だが本当はこんなとき、もっともっと奥深いことが起こっている。



ある考えが浮かんでくると、それとは真反対の考えが同時に生まれるように、
そもそも出来ているのだ。



それはまさに、物質に対する反物質と同じものだ。



ある考えが浮かんでくると、その考えを対消滅、
つまり打ち消そうとする反対の考えが同時に生じるのだ。



このことにわたしたちのほとんどが、気づいてこなかった。



思考が生じるとき、必ず反対の思考も同時に生じているのだ。



このことをわたしたちの中の「天使」と「悪魔」と呼んだりしてきた。



それは鏡の前に立つ自分と、鏡に映る自分とも同じものだ。



鏡に映る自分の姿は左右が逆転している。



「思い」もそうだ。



なにかが存在するとき、必ずそれと真反対のものが同時に存在する。

それがこの世界の理(ことわり)だ。



この世界のあらゆるものがそうなのだ。



瞑想をはじめた時、また走ることをはじめた時、
これと同じことが起こる。



瞑想をはじめた最初は眠くなったり、
あちこちが痛くなってきたりして、やめたくなってくることがある。



瞑想をやろうという意思(思い)に対して、
瞑想をやめさせようという真反応の力が、
眠気や身体の痛み、そして「今度にしようか」という思考として生じてくる。



走りはじめるときも同じだ。



身体のしんどさ、「しんどいから明日からにしよう」という思考が
反対の力として現れてきて、瞑想や走ること、
新しい習慣をはじめることをやめさせようと働く。



存在と同時に、対消滅させようとする力が同時に生じるのだ。



だが、わたしたちのほとんどが、
そんなことにはこれまで気づいてこなかったし、知りもしなかった。



だからそんな反対の力が生じたとき、
それを意志の力や根性でねじ伏せようとしてきた。



だが意志の力を強めることは、同時に反対の力を強めることになる。



ゆえにどこかで必ず、フリーズしたりクラッシュする。



わかってしまえば当たり前のことなのだけれど、
わたしたちのほとんどがそのことを知らないことすら知らなかったために、
ずっとずっと長い歴史の中で、同じ過ちを繰り返してきたのだ。



なにか思いが生じるとき、それを打ち消そうとする反対の思考が
同時に生じるようになっている。



それがこの世界の理(ことわり)なのだ。



敵を攻撃すればするほど、
敵が強くなったり増えたりするのはこういうからくりだったのだ。



わたしたちのほとんどが、本当にこのことをこれまで知らなかったのだ。



だが、そんな反対の思考や身体の反応が生じないときもある。



自分の中に抵抗がうまれることなく、
思いついたことを楽に、なんなくできることも、
わたしたちは人生の中で体験する。



この違いは、なにが作り出しているのだろう?



わたしは瞑想の最中、なにがこの違いを生むのかに気がついた。



我(が)がそこにないとき、反対の力が生じないのだ。



わたしたちは何度も繰り返しやってきたことで、
当たり前に出来ることに関してはなんなくこなすことができる。



たとえば毎日車の運転をしている人ならば、
「大丈夫かな?運転ちゃんとできるかな?」なんて思うことなく、
隣の人と会話を楽しみながら、音楽を聴きながらでも、なんなく運転できる。



そこに「やろう」という意思が生じないから、反対の力も生じないのだ。



これはこころとこころの合気道と、言ってもいいかもしれない。



目覚めた人はこのことを理解している。
そしてこの知恵を知識ではなく、生きている。



ゆえになにかをはじめるとき、新しい習慣をはじめるとき、
新しい場所で何かをするとき、新しい領域で生きようとするとき、
気合も意志の力も、つまり「がんばり」を生じさせない。



我(が)を生じさせないのだ。



すると真反対の打ち消す力が生じることなく、
新しい領域で生きることが出来るのだ。



それが目覚めた人の生き方であり、人生だ。



よかったら、なにかはじめようとしたとき、
反対の気持ちが浮かんできたなら、そのとき気づいてみて欲しい。



「あ、これが、真反対の力が同時に生じているということか」って。



その気づきと理解は、きっとあなたを、今まで見たことのない
新しい自由のステージへと導いてくれることと思う。




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